和紅茶や玉緑茶、釜炒り茶など野…
成績はともかく
弊社6代目 貴弘が「彩の国さいたま 第19回茶審査技術競技会」に選手として参加してきました。
この「茶審査技術競技会」は別名「闘茶会」とも呼ばれ、お酒の世界にも利き酒があるのと同じようにお茶にも利き茶、お茶当てというものがあり、それを競技(ゲーム)形式にしたものです。
中国の宋時代に、お茶の産地やお茶に使う水の種類を当てる遊び「闘茶」がすでに存在していて、これが中世の初期、茶の栽培や製造法が渡来すると共に日本に伝わりました。
臨済宗の開祖として有名な栄西が中国から持ち帰ったチャの種子を京都栂尾高山寺の明恵上人が受け取り栽培したと伝えられています。
この地で生産されたお茶を「本茶」、それ以外の産地のお茶を「非茶」と呼び、これらを飲み分ける遊びが「闘茶」として普及したのが一番最初だったそうです。
「闘茶」は、上流の公家や武家社会で広まり、南北朝時代から室町時代初期にかけて全盛期を迎えました。しかし、闘茶会の飾りつけや置物に至るまでもが豪華になり、また賭け事になるなどし、足利幕府もついには1336年に禁令を出しました。闘茶はその後、茶道ができるとともにその余興として現在に継承されています。
埼玉県でも茶業青年団の会員を中心に、茶の品質鑑定技術を高めることを目的に毎年行われています。
今年は消費者の方へのアピールもかねて、一般の参加者の方も募集しお茶好きの方や日本茶インストラクターの方々が集まったようです。
成績はともかく、茶の品質鑑定技術を高めることがまず第一の目的
来年の6代目の活躍に期待したいと思います。